「おもてなしの力」は家庭で育つ?
おもてなしはどこで身につくのか
「お・も・て・な・し」という言葉が、東京オリンピックのプレゼンで一躍話題になったのは記憶に新しい方も多いでしょう。
私たち日本人にとって“おもてなし”は、どこか当たり前の感覚として根付いているように思います。
けれども、いざ誰かをもてなす立場になると、「何をどうすればいいのか」が分からないという人も少なくありません。
では、この“おもてなしの心”は、どこで、どのように育まれるものなのでしょうか。
文化としての「おもてなし」、教育としての「おもてなし」
おもてなしは、学問や技術のように教科書で習うものではありません。
むしろ、生活の中で“見て、受けて、真似て”覚えることが多いのではないでしょうか。
特に大きな影響を与えるのが、家庭環境です。
日々の食事の並べ方、来客対応の仕方、物の扱い方など、親の振る舞いから子どもは多くを学びます。
家庭によって教育方針は異なり、大きくは次のような傾向があるように思います。
「自分のことは自分でやるように」という教育
「親が先回りしてやってあげる」教育
どちらが正しいということはなく、それぞれに“おもてなし”につながる要素があります。
やってもらった経験が、やる側の視点に変わる
「自分のことは自分でやる」子どもは、実践力が育ち、必要なことを自ら動いてできるようになります。
一方で「やってもらう」ことが多かった子どもは、何をしてあげたら喜ばれるかを知っているという強みがあります。
私自身は、どちらかというと後者の環境で育ちました。
親が先回りしてくれるような家庭で育ち、「お手伝い」よりも「見て覚える」ことが多かったように思います。
そんな経験でも、大人になって来客を迎える際など、「こうしてもらったら嬉しい」という記憶が自然と行動につながっている場面がよくあります。
「なるほど、こうやって受け取ったものが、自分の中で“与える力”に変わるんだ」と、今になって実感しています。
大切なのは「なぜ」を考える力
大人になると、自分が“する側”に回ることが増えていきます。
だからこそ、受け手の時期にどれだけの気づきを得ていたかが、その後の「おもてなし力」に大きく影響するのだと思います。
おもてなしは、単に何かをしてあげることではなく、「相手が何を求めているかを想像し、先回りして動く」こと。
そしてその心遣いは、子ども時代の生活の中でこそ育まれるものです。
「なぜ、いまそれをするのか?」「なぜ、それが喜ばれるのか?」
そうした問いを持ちながら日々を過ごすことこそが、本当の意味での“おもてなし”や“自立”につながるのかもしれません。
0コメント